「結の精神」は「利他の精神」とつながっているのではないだろうか~スリーラインズ株式会社 代表取締役 山内満子さんの報告~

2018年8月20日、ジョー・プラ会議室にて、松山支部8月例会があり、
「無理」といわれた時からチャレンジは始まる!
~きぬ青のりで地域の未来をつくりだす~
と題した報告があり、スリーラインズ株式会社 代表取締役 山内満子さんの報告があった。

私は山内さんの報告は昨年の10月にも東温・今治の合同例会でも聞いていて、今回2回目である。
平凡な漁師の妻だった山内さんが、遊子漁協の女性部長になり行った様々な試みは、各方面で大きな話題となり、

様々な賞を受賞され、今は家業を法人化して高収益の出る安定した漁業を目指している。
そのあたりの山内さんの過去と現在の活動については、昨年の東温士支部の例会の模様をアップしたブログに載せてあるので、

それを参考にしてください。

https://ameblo.jp/sken3939/entry-12324207614.html

今回の山内さんの報告の後の参加者の質問の多くが、タイトルにもあったように、「無理」といわれたときからチャレンジは始まる!
ということで逆境にあっても少しもへこたれず明るくつくすすんでいく山内さんの、バイタリティーはどこから来ているのかということだった。
これは山内さんの「家族」と「地域」に対する愛情が普通の人より、半端なく大きいということだと想像はつく。
では、山内さんの望む理想の「家族」と「地域」とは何だろうか。

スリーラインズ株式会社の理念とは「分けたよろこびは2倍のよろこびになる」というもので、

これは前回の報告の感想でも書いた「結の精神」につながるのではないか。
遊子漁協は昔から養殖のいかだは昔は1軒1台だと昔は決められていた。
(今は3台だが。なお他の漁協は100台も持っているような漁協もある。)
「結の精神」とは助け合いの精神、みんな平等という考え方だそうだ。

その地域みんなで良くならないといけない、
一軒だけが良くなってもそれでは幸せになれない。
宇和島では多くの若者が市外、県外に出ていく。
若者にとって魅力的な職場がないからだ。
山内さんはまず県外の息子さんたちに家に帰ってきてもらいたいから、

今までの天候や赤潮被害に悩まされ安定性に疑問符がつく鯛の養殖以外に青のりの養殖をはじめた。
そして青のりは海上にいかだを浮かべない陸上養殖でこれが実に環境にいいのである。

今回の報告で初めて知ったのだが、普通の海上養殖というのは、1kgの魚を育てるのに2kgのエサを与えなければならず、

いけすの下は大量の糞がたまり、時々は掘り返さなければならないということだ。
環境にいいとは言い難い。
青のりは陸上養殖でふたができるため、海を汚さない、商品にならない青のりは鯛やアワビやサザエのエサにもなる。
自然に優しい養殖なのだ。

これが意外に重要な点ではないのか。
山内さんが愛する遊子の原風景、青い海と空、見事な石積みの段々畑は、自然と調和してのものに他ならない。
そういった都会にはない良さが失われれば、やはり地方の魅力は半減し人口流出は続くだろう。
そういった自分たちの地域にしかないものを生かしつつ、新たな視点を加えて産業を創出する、素晴らしい取り組みだと思う。

そして、「分けたよろこびは2倍のよろこびになる」とは、
京セラの創業者、稲盛さんがよく言うところの「利他の精神」に通じるところがあるのではないか。
利益を追求することから離れて他人をよくしてあげようという思いやりが全てを好循環に導くのではないか。
山内さんが漁協時代に多くの困難に直面しても、決してへこたれず最終的に多くの人に賛同してもらえたのは、

「見栄」や「我欲」とは大きく異なった「利他の精神」が根底にあったからだと思う。

甘いと言われるかもしれないが、我々は今回の報告で山内さんのおこなった事業の色々な手法を学ぶだけでなく、

自分の今行っている事業が本当に「利他の精神」に合致しているのかを点検した方がいいのかもしれない。
「金銭」や「出世栄達」だけがゴールとする生き方は、多くの試練に見舞われたとき、それを平然と乗り越えて行けるのは、

よほど強固なニヒリズムを抱いている人で、普通の人間には難しいことだと思う。

今回は例会準備委員会の一員として、事前に山内さんのお宅にも訪問させていただいた。
遊子の段々畑も見に行ってジャガイモも買った。美味しかった。
あの見事な石積みの段々畑こそ、多くの陽性で社交的な西日本の県民の中にあって、

少し内気で地味なところのある愛媛県人らしい構造物だと思う。
まだ青のり養殖の事業はスタートしたばかりでこれからもトラブルにあうかもしれないが、

先人たちのようにコツコツとあせることなく取り組んで、成功していただきたい、そう願わずにはいられなかった。