1984年

何十年かぶりにジョージ・オーウェルの「1984年」を読み返す。
今誰もがこの本に描かれている近未来のディストピアの内容を理解し、考えなければいけない時代になったのではないか。
この本に描かれている「真理省」は主人公のウィンストン・スミスが勤めている役所で、歴史記録や新聞を、党の最新の発表に基づき改竄し、
常に党の言うことが正しい状態を作り出すことが仕事だ。
「二重思考」とは1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができるという思考能力で、矛盾があった時は誤謬を見抜かないようにし、万一誤謬に気づいても自分の記憶や精神の方を改変し、「確かに誤謬があった、しかし党の言うほうが正しいのでやはり誤謬はない」ということを認識しなければならないのだ。
具体的に言うと、「2足す2は4ではなく、5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりう」という思考方法を持たなければならないのである。
「ニュースピーク」とは、思考の単純化と思想犯罪の予防を目的として、英語を簡素化して成立した新語法で、語彙の量を少なくし、政治的・思想的な意味を持たないようにされる。
例えば、free の意味も「free from 〜」(〜がない)の意味しか残らず「政治的自由」「個人的自由」の意味は消滅しており、原文の意味を保って自由や平等を謳う政治宣言などをニュースピークに訳することは不可能になるのだ。
「二分間憎悪」で毎日「人民の敵」エマニュエル・ゴールドスタインを国民の前のテレスクリーンに登場させ、彼に対する憎しみを煽り立てることで、日常の不満をそらすようにしている。
今まさにこれら「1984年」の世界を我々は今の日本で目にしているのではないか。
役所が偽札を作って市中にばらまいたのと同様な、あってはならない出来事が起こり、国民も妙に不感症になっているような世相は、何やら日本もディストピアに自ら足を踏み入れているよな恐怖を私は感じる。