伊那食品工業株式会社ベンチマーク1

随分、遅くなったが壺中100年の会の長野ベンチマークツアーの後半、伊那食品工業株式会社のレポートを書いてみよう。中々書くようにならなかったのは、2年前に訪問してカリスマの先代会長の子息、塚越英弘社長は講話の中で「決めごとはなるべく作らない、性善説に基づいたきわめてファジーなやり方が自社のやり方」といった内容であったが、はたしてそのやり方を多くの企業で取り入れることは可能なのかどうかというところで、自分の中で納得いく答えが見つからなかったからというのがある。
もう3年連続で訪問していて、お話しいただいたのも前回同様、管理本部長の小口常務なので昨年のレポートと被るところも多々あるのだが、自分自身の復習、これを読んでくださる方にも日の浅い人もいるかもしれないので、あえて小口常務の講話の内容や訪問時の感想など記してみる。
                                                                    ◎経営の目的は社員を幸せにする、このことを第一に考える。社員を幸せにするためには利益が必要で、利益は手段。自分たちがどうゆう組織にするのかで、会社の体制は変わる。自分たちは「家族」のような組織を作りたい。だったら、我社は「年功序列」制度なのだが、自然にそのような形態になる。
◎年輪経営、毎年少しずつ右肩上がりの成長(増収、増益、増員)をほぼほぼ50年間続けている、これがみんなが幸せになれる経営だと思っている。会社の価値は永続していくこと。現状維持はダメ、少しずつ成長する、希望が持てる、末広がりでだんだん良くなる。全社員の1割が研究開発にあたっている。「遠くをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」は、江戸時代後期の思想家である二宮尊徳の言葉だが、先代の塚越寛会長はこの教えを大切にしていた。この言葉の意味は、「将来を考える人は裕福になり、目先のことを考える人は貧しくなる」ということ。
◎営業ノルマはない。数字は自分でたてる。アスリートが上からの命令で数値目標を設定するだろうか?その方が安心して働ける、過度なプレッシャーにもならない、行き詰った時にも、相談しあえる。組織は2:6:2の割合で優秀:普通:劣る社員が出来るが、劣った社員2も大切にする。家族なのだから。
◎社是は「いい会社をつくりましょう~たくましく、そして、やさしく~」なのだが、この社是を社員が否定することは難しいだろう、しかし何を言っているかは分かりにくい、2004年に塚越会長の経営理念をまとめた『いい会社をつくりましょう』は社員が熟読しているわけではない、「自分で考えてやってね」ということでもある。社員は一枚岩だと言われるが、岩の幅は広い。朝の清掃が有名だが、そうじをしなければならないという決まりは会社にはない、持ち場もない、部署を超えて助け合っている。
◎急成長は敵だ、常にバランスを考えないといけない。長期的には無駄と思えることもリスク回避となって役に立っていることも有る。胃袋は1つ、急成長は難しいと考えている。急成長よりも福利厚生とかにバランスよく振り分けた方がいい。
◎永続するのための秘訣、社是にもある「優しい」とは、イ+憂 で人を憂うということだ。人にいいことをすると返してくれる。塚越会長が最初にこの会社に赴任しきたとき、最初の10年間は潰れるか潰れないかの瀬戸際で大変な苦労をしてきたが、そんな中で人の大切さというものが分かってきた。単純な甘いヒューマニズムではない、苦労の末にたどり着いたのが、人を大切にする経営だったのである。
◎性善説に基づくマネージメントをやっている。朝の清掃に使う会社の道具も勝手に持って帰って返せばいい、家族の道具の貸し借りに備品台帳はいらないだろう。社員の家が全焼した時、会社の寮を手配して段ボール箱で必要な生活物資を社員が持ち寄って届けた。火事に会った社員が感動したのは言うまでもない。
                                                           小口常務の話されたこと全部ではないが、気になった箇所を抜粋してみた。
この会社の「決めごとはなるべく作らない、性善説に基づいたきわめてファジーなやり方」をどのようにとらえるか、ずっと何年も気になっていたのだが、最近「万物の黎明 人類史を根本からくつがえす」(デヴィッド・ゲレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著/酒井隆史訳)に少しヒントの萌芽が見えてきた気がしたので、次回それについて論じてみる。