2日目、2月7日(金)は愛媛県県民文化会館にて特別講演が行われ、サッカー元日本代表監督の岡田武史氏が講演が登壇したのだが、その内容をレポートしておこう。
私がこの講演の前まで岡田氏について知っていることは、日本代表を二度に渡って率いてワールドカップで采配をふるったこと、二度とも前任監督の解任、病気療養というアクシデントの後、急遽任命された「貧乏くじ」を引かされたような形でありながら、最初の監督時には日本代表初の本選出場を果たした(ジョホールバルの歓喜)こと、二度目の監督就任時は大会前の圧倒的下馬評の低さを覆し、国外開催大会で初めてのワールドカップ決勝トーナメント進出を果たしたこと、現在は愛媛県今治市でFC今治を運営し、FC今治高校も開校させたことなどである。
◎三人の石工の話、一人目の仕事だから日々の糧を得るために仕方なく働いている石工、三人目の石工は人々が教会で祈る姿を想像しながら生き生きと働いて仕事とは三人目の石工のような心構えを持てと言う。しかし、現実には死に物狂いでやらないと人々が崇高な気持ちになってお祈りできる立派な教会はできないのだ。人が成長するのは困難やプレッシャーを乗り越えた時だ。本人が苦しんでいる時、手を差し伸べても無駄だ。手をつないでも手を離したとき、自力で立ち上がることはできない。里山学校は教えない、しかし、プロではないのでほったらかしにしない、寄り添っている。それを教えてくれない、と感じる人は他所へ行けばいい。
◎そんなわけでスタートした学校は当初はわちゃわちゃだった。一定期間オープンスクールを開校しようとしたところ、わちゃわちゃの在校生たちが切り出した。「自分たちにやらせてくれ」と。しかし、さっぱり学園長である自分に報告もない。たまりかねて進捗状況を尋ねると「大丈夫、任せてください」、本当にオープンスクールができるかどうか不安だったが、当日は見事に在校生たちはやりきった。成長は自分から主体的に取り組んで初めて生じるのである。
◎今までの日本の教育は「正解を教える」ものだった。しかし、これからは正解が分からない事態に人類は多々遭遇する。ドバイで近年洪水が起こったりしているのだが、こんなことは今まで無かったから、誰も解決法を教えてくれない。AIも前例がないものは答えをはじき出せない。「Z世代のことはよくわからない、彼らは自分のことだけ考えるんだ」と嘆く企業の40代、50代がいる。いいじゃないと返答してやる。「全体の忖度だけ考えて発言や行動していたらみんな共倒れになるだけだと。
◎ FC今治のフィロソフィー(哲学)とは
ENJOY「サッカーを始めたときの楽しさを忘れないで!!」
サッカーを始めた時の楽しさ、ゴールを決めた時の喜びを忘れない。ミスや相手を恐れることなく、ピッチの中で生き生きと目を輝かせ躍動するようにプレーする。監督やコーチに言われたことだけをこなすだけではなく、自分の責任でリスクを冒し成功した時の本物のENJOYを知る。
OUR TEAM 「チームは監督のものではなく、選手一人ひとりのもの」
チームは監督やコーチのものではなく、そこに属している選手たちのものである。だからチームがうまくいかなくなったり、問題が起こったら監督コーチに頼るのではなく自分たちで考え解決していく。やるのは選手である。選手は自分でプレーの選択ができる。それが自立した選手である。
DO YOUR BEST「チームが勝つために、全力を尽くそう!」
勝つことにこだわるウィニングマインドを持ち、チームが勝つためにベストを尽くす。その結果負けることは全く問題ない。結果を恐れず勝つために勇敢に戦えば、たとえ試合に負けても敗者にはならない。
CONCENTRATION 「今できることに集中しよう!」
今できることに集中する。負けた試合を悔やんで今全力を尽くせない。ミスしたら、負けたらと心配して今全力を尽くせない。そんな馬鹿なことはない。大きな夢を目標を見つめながらも、足元にある今できることに全力を尽くす。選手にできることは、日常のコンディション管理、集中したトレーニング、試合で100%ベストを尽くす、この三つだけ。
IMPROVE 「現状に満足せず、常に進歩する気持ちを持ち続けよう!」
常に満足することなく成長し続ける。どんな選手も一直線の右肩上がりに進歩しない。山あり谷ありの中で少しづつ進歩する。谷にあるときにえてして過去の山を見てしまう。「前はできたのに...」と。スランプや谷にあるときこそ将来のより高い山を見つめる。谷にあるのはより高い山にいくため。ジャンプするときにいったんしゃがむように。起こることはその人やそのチームに必要なことが起こる。その意味を考える。
COMMUNICATION「コミュニケーションをとり、お互いを理解しよう!」
仲良しグループは悪いことではないが、お互いを認め合うことが大切。例えウマが合わない仲間でも「あいつに任せれば絶対止めてくれる」「あいつにパスをすれば決めてくれる」そして、自分を認めてもらう努力、それがコミュニケーション。究極は日常の挨拶。コミュニケーションの準備ができている合図。自分の考えを伝える、人の意見を聞く、そしてその人を受け入れる。
長いがあえてFC今治のフィロソフィーの全文を紹介したのは、私(日野が)これが素晴らしいものだと私が感じたから。進むべき方向性が明確で体育会系にありがちな「脳筋馬鹿」や「精神至上主義」など微塵も感じさせることなく、しかも一々誰にでも分かりやすく具体的な実例をあげており、多くの一般企業にも大いに参考になると思いあえてこちらに上げさせてもらった。
◎人間は個々それぞれ違うものだ。だからこそ対話し違いを見つけ、違った相手と共存出来る術を見つけなければいけないのだが、日本人はそれをしない、みんな同じを前提に物事を進める、しかし、実際は違った考え、行動様式を持っているのから内面では不満を抱えている、本当の一体感は醸成されない。
とあるスポーツチームの監督から「うちは家族のような一体感があるチームになりました」との話を監督から聞いたが、その後海外遠征で散々な敗北を喫して「チームの和が崩壊した」との報告を受けた。
最初、一体感からスタートすると失敗する。結果が出ないと一体感がでない。勝ち癖がつくと一体感が出て、一体感が出るとモラルに変わる。ルール、規則でモラルを主導しようと思ってもダメ。パーフェクトはないだろう、しかし、それを目指さないと。
◎桃太郎はリーダーになろうとした訳でもなく、鬼ヶ島に鬼を退治にしに行っただけだが、途中、猿や犬や雉がついてきた。リーダーシップは100人100通りで、自分が仕切っていくリーダーシップもあれば、何もしない周囲に発言させて知らない間に物事を解決させていくリーダーシップもある。
しかし、共通しているのは最後自分自身で判断しなければならないことだ。その判断が正しいのかどうか誰もその時点では分からない、決めるのはなんだかんだ言っても直感。直感には当たらない直感と当たる直感がある。当たらない直感はマスコミや選手のことを気にしているもの、当たる直感は無心の境地、どん底を経験してこそ得られる境地、ワールドカップに日本が初出場できるかどうかジョホールバルでのイラン戦は、負けたら自分は日本へ帰れないのではないかと言う大変なプレッシャーを受けての試合だったが、「それは自分を監督にした協会の会長のせい」と開き直った気持ちになれたのが結果良い方になった。
◎リーダーシップは高い目的に向かっている姿を見せてこそ、みんなついてくる。私利私欲はないか、リスクを冒しているか、そんなところも見ている。そしてありのままの自分を素直にさらけ出しているか。自分に覚悟があるのかどうか。
◎FC今治の「企業理念」
次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。
※心の豊かさを大切にする社会とは、売り上げ、資本金、GDPなどという目に見える資本ではなく、知恵、信頼、共感など数字に表せない目に見えない資本を大切にする社会。例えば目の前の利益よりステークスホルダーからの信頼を大切にするなど。
岡田氏は最初、今治での事業を立ち上げる時、多くの人に教えを乞うた。100人中100人「大切なのは企業理念」と言われたそうだ。もっとノウハウ的なものを教えて欲しかったのだが、仕方ない、自分の大切にしている価値観、考え方を煮詰めたものが上記の企業理念だという。まさにきれいごとをちりばめたもの、擦れた経営者ならあざ笑われるくらいが関の山だろう。
今治に来てここにJリーグのサッカークラブを立ち上げると言ったとき、今治のほとんどの人は「今治は野球の町だ。悪いことは言わん、さっさと帰れ」とその無謀とも思われる試みを全否定した。考えてみれば岡田氏の理想に共感して今治についてきたスタッフは、誰も今治に友達がいない、それではいかんと駅前でビラ配りもした、地域の困りごと解決としてお年寄りに向けて重いものを移動してあげるとか庭木の剪定をしてあげるなどして、少しずつ支持を広げていった。
里山スタジアムを作りたいと希望もかつてと違って、今治の議会ですんなりと通った。「後は40億円岡田さんが集めるだけね」そんなお金あるはずがない。試合無くても半日過ごせる交流広場にする、映画館やレストランも併設する、しかし、日本で3つしかないサッカー専用スタジアム、そんな夢に近い法螺話を多くの企業等に語っていくうちに面白がって最終的に42億円が集まった。
こけら落としの試合は何としても満員にしなくてはと思ったが、普通に5000人の客が入るとは思えない、しかし皆の頑張りで何と5200人の観客が集まった。
◎今治は橋が出来たので、船を多くの人が利用しなくなった。今治に来始めたころ、港からドンドビ交差点に続く商店街に昼中、一人の客も歩いていない。「やばい、この状態では例えサッカークラブが強くなっても地域と共に皆が幸せになることはできない、何とかしなくては」と岡田氏は思ったそうだ。
岡田氏はFC今治のオーナーだけでなく、(株)今治、夢スポーツの代表取締役会長もされているのだが、ここではできるだけ自分たちの地域内で財やサービスを回しあうことで、共助のコミュニティーを成立させて地域の自立や再生を促しているという。今治の学校給食が地産地消の農作物で賄うようになったのは、そんな影響かもしれない。そしてJリーグの全てのチームがそれをしたら、日本は必ず良くなる、そんなモデルを今治から作ろうとしていると。
岡田さんのこの講演が2日間の様々な会合で私は一番心に残った。なぜだろう、それは彼が自身の体験から出た紛れもないオリジナルな言葉であり、誰に配慮したものでもない、心情の吐露だったからだと思う。学んだことはあまりに多く、今時点で整理できかねているが、一度、アシックス里山スタジアムでサッカー観戦せねばと、現場で空気を感じることが大好きな私は考えた。