「壺中100年の会in兵庫・豊岡」東海バネ株式会社

2025年10月8日~9日にかけて、兵庫県豊岡市にある幾つかの企業を巡る「壺中100年の会in兵庫・豊岡」に参加したのでその模様をレポートすることにする。まずは8日午後に訪れた東海バネ株式会社(社員数は現在93名、本社は大阪市にあるのだが、従業員の大半は「豊岡神美台工場」で勤務している)について。

多くの中小企業は、大手企業の扱わない「小ロット多品種生産」と「発注先からの値下げ圧力」に苦しんでいるが、そのような苦境からなぜか東海バネさんは無縁であるということを事前に聞いていたので、どのような取り組みをしているのか大いに興味があった。

 

この会社の特徴のまず第1点は、生産ロットがけた違いに小さいことだ。今、年間受注件数は2万件、平均受注5個という事業構成でやっていっている、こんなことは他社では無理なので悠々と「ブルーオーシャン」を渡り続けている。同社は「多品種少量生産」どころか「多品種微量生産」を標榜している。しかし、ここが肝心なだが、製品の大半は東京スカイツリーのバネや人工衛星の制御に使うバネ、発電所のタービンに使用されるバネなど高度な日本屈指いやモノによっては世界屈指の技術を必要とするものなのだ。

2点として、規格品を作るのではなく、商品の大半は同社が企画・開発したバネという点だ。顧客からの注文は、製作図面が来るのではなく、「こんな機能のバネが欲しい・・・」というだけで、そこから同社の技術陣が考え出すのである。

3点として、同社は「いくらで作ってほしい」といった依頼や「他社との競争見積もり的注文」は基本的には断り、「値決め」の権利は同社が持っているということだ。それでいて注文は途切れることなく、経営は安定している。

 

この日のお話は第2代社長で現在は同社顧問の渡辺良機さんだったが、「値決め」を自社でしようと決めたあるいきさつを話してくれた。

若き日、経営者見習いのような立場で業界のヨーロッパ研修旅行でドイツの自社と同じようなバネ工場を見学した時に、その工場の創業者に質問した。「単品の価格はどうするのか、客から高いと言われたらどうするのか(日本ではそういわれると値引きするのが当然だったから)」ドイツの創業者は怪訝そうな顔をしてこう言った。「うちの製品は手作りなんだ、製品を作る機械の価値は年々下がるが人は毎年経験を積んでいくので価値が上がる、値段が高いのは当たり前ではないか」と。この言葉を聞き渡辺さんは「客の言い値で売ってはいけない」と思ったそうだ。

同じく研修旅行でフランスの製缶工場を見学した時、従業員の三分の一くらいが女性でしかも若い子が多い、日本ではそんな汚い今でいう3Kのような職場で若い女性が働くなど考えられないことなので、彼女たちに聞いてみた「なぜ、ここで働いているのか」回答は「給料が高いから」、日本の場合そんな職場は給料が安いのが当然なので驚くと「人の嫌がる仕事でしょう、高いのは当たり前」という答えだったという。渡辺さんは「頭を使わない仕事だから給料は安いのが当たり前」だと思っていたが、大きな価値観の変化だったという。

 

渡辺さんは日本へ帰国すると「言い値で買ってもらえる、値引きしない、そんなバネを作りたい」と宣言したが、工場の職人たちは「そんなに簡単にできるなら早くからやっている」と言って取り合ってくれない。唯一先代社長だけが「やってみい」と背中を押してくれたので、ベテランを外して若手だけで取り組み始めた。しかし、うまくいかない、コンサルをいれてみたがダメ、コンピューター会社にも声をかけてみたが、みんな「どうやって人を削って合理化して利益を出すか」というそんなことばかり言う、それでは従業員が幸せになれないではないか、あきらめかけていたころ、ある独立系のベンダーから紹介された酒屋のコンピュータ化のやり方がヒントになり、同社も製品をコンピュータでデーター化したところ、顧客から「3年前のあの分」などと曖昧な注文にもすぐ対応できるようになり、そのような流れの中で「言い値」で買い取ってもらえるようになったという。

 

しかし、「言い値」で買い取ってもらうためには、高い技術力に裏打ちされた職人が多数いなければならない。そのために人材育成には同社は惜しみなく投資している。「バネづくりの道場」ともいうべき敷地内の「啓匠館」は従業員が100名もいない会社としては随分大きく立派なものだ。それとは別に「研究開発棟」という建物もあった。このあたりの研究開発に力を入れているあたりは、伊那食品工業を彷彿させた。

そして立派な職人になってもらうためのモチベーションを喚起させる方法としては、やはり社員を大切にすることのようだ。

渡辺さん曰く「しっかりと給料を上げてほしい。あげられるようになったら上げるという経営者がいるが、苦しくても少しでいいから上げてほしい」

「使い物にならない人はいない。見てくれている、目をかけてくれている、と感じれば社員は必ず期待に応えてくれる」

 

工場の現場視察の時間もあり、赤く焼けた大型バネを窯から取り出す様など見ることができたのは貴重な体験だった。工場の職人さんと言えば、あまり愛想のない頑固な人たちというイメージがあるけれど、皆さん暖かで明るい人たちだった。このあたりは徳島の西精工と雰囲気が似ている。(余談ではあるが、職人とパソコンは最も不釣り合いなイメージではあるが、同社では現場の職人も一人一人パソコンを持っている。最初はパソコンを活用するように言っても、さっぱり受け付けなかったが、少しずつ時間をかけてパソコンを使えば分からないこと、出来ないことも出来るようになるといったことを理解してもらって現在は全ての社員がパソコンを使いこなせるようになったそうだ)

 

渡辺顧問のお話は1時間ちょっとで、もう少し詳しく細部を伺いたかったが、それでもかつて繁栄から遠ざかりつつある日本製造業復活のヒントを示してくれたようで興味深かった。「単品のばねでお困りの方々のお役に立つ」という同社の企業理念の下、バネ一つからでもお客さんのご希望を叶える、社員や仕入れ先を大切にする、技術革新や教育に投資を惜しまない、このあたりを大切にすれば多くの製造業が復活できるのではといった希望を抱きつつ城崎温泉へと向かった。